神の見えざる手 ~利己心と共感~
「神ってる」が2016年の 流行語大賞に選ばれた。広島東洋カープの緒方監督が、鈴木選手の活躍を表現した言葉であるが、大賞に選ばれたことに賛否両論あるようだ。
同じ神でも、経済の世界では「神の見えざる手」という言葉があり、今その言葉が見直されている。古典派経済学者アダム・スミスは著書「国富論」で、「人間が利己心(=私利)にもとづいて自己利益を追求すれば、『見えざる手』に導かれて自然調和が図られ、社会全体の利益が達成される」と言っている。有名な言葉である。国家や政府が市場経済に介入する「重商主義」を否定し、経済は市場の自動調整機能に任せるべき、というのが彼の本意である。しかし、それがいつのまにか「人の利己心こそが経済をうまく機能させる」というような意味に勝手にすり替えられ、「見えざる手」も誰かによって「神の見えざる手」に置き換えられてしまった。その後、資本主義は「人の利己心による競争」のみを追求し、暴走する。その結果が、リーマンショック、粉飾決算、環境破壊、格差の拡大、そして皮肉にもアダム・スミスが最も嫌った、英国のEU離脱や米国のトランプ現象に見られるようなナショナリズムの台頭である。
(shmpathy)
実はアダム・スミスは「国富論」とともに「道徳感情論」という本を著わしている。そこでは「社会の秩序と繁栄にとって『shmpathy』が重要である」と説いている。シンパシーは「同感」もしくは「共感」とも訳される。アダム・スミスは、人間の本性が利己心にのみあると考えていたわけでなく、相互に共感できる社会的存在として人間を理解していた。そして利己心と共感のバランスこそが大切であるとしている。仏教の「自利利他」という言葉とも重なる。
卑近な例で言えば、ある者が利己心に基づいて大きな利益を得たとしても、それが誠実に努力した結果であれば、周りは納得するであろう。その者に対するリスペクトや共感、同意や同感、または公平感と言ったようなもの。志をもち、自らリスクを引き受け、誠実に仕事することでお金を稼ぐことは何の問題もないはずだ。
10月に放送されたNHKドキュメント「資本主義の未来」でもアダム・スミスの「道徳感情論」が紹介された。資本主義経済が行き詰っている現代にあって、アダム・スミスの「見えざる手」「利己心」と「共感」をきちんと理解しようという機運が起こってきているように思う。
(一部上場にあたって)
ところで、当社が属するセントケ・ホールディングは昨日12日に東証一部上場を果たした。日本には260万くらいの法人が存在するというが、その中で東証一部に上場できる法人はちょうど2千である。資本主義経済の世界では「大成功」である。創業者は勿論、多くの先人方々の努力の賜物である。
平尾 雅司





















