福祉の街 社長ブログ

山の挨拶 ~一挨一拶~

  ゴールデンウィークに入りました。新緑の季節、電車の中では、ハイキングや登山のいでたちをした老若男女を多くみかけます。学生の頃から山をやっている私からすると、なんとハイカラな装い。多くの山ガールいる現在の登山が羨ましいです。

 

(山の挨拶)

ところで山へ行くと、登山道ですれ違う人には、「こんにちは」と挨拶をします。そもそも山では、どうして見知らぬ登山者に挨拶をするのでしょうか。下界(山に行く人にとって街中は下界なのです!)では、すれ違う見知らぬ人に、挨拶などしないですよね。私も山を始めた頃不思議に思い、その理由を先輩に訊ねました。「マナー、習慣だ」と言う先輩もいましたし、「挨拶にはもし遭難したときにすれ違った人たちが覚えていてくれて捜索の手がかりになるかもしれない、という意味もある」と教えてくれる先輩もいました。

 

昔を思い返してみると、当時登山する人は今ほど多くなく、同じ時・同じ山に登っている人は、見知らぬ人であっても、同じ仲間であるというような感覚がありました。そこには、その時その場だけのコミュニティー(共同体)みたいなものが自然発生的にできていて、お互いに山の情報を交換しあったり、トラブルがあったら助けあったり、相互扶助のような意識が暗黙裡にあったと思うのです。ですから、マナーとして挨拶を交わさなければならないとか、リスク管理に繋がるから挨拶はしなければならない、というような義務感はありませんでした。

 

今は登山者も多くなって、仲間という意識も希薄になり、挨拶を交わさない人も増えてきました。リスク管理と言っても、挨拶した多くの登山者を記憶に残すのは無理です。GPS機能があれば、遭難しても位置は特定できます。山での挨拶は必要なのか、とネット上で議論される時代です。時代とともに、山の挨拶の在り様は変わってきているのです。

 

(コミュニティー復活の出発点は挨拶)

世界は変わって下界=私たちが住んでいる地域はどうでしょうか。かつては村、町内会・・・地域の中で、同じ住人として、お互いが自然に挨拶を交わし、助け合うコミュニティーがありました。独りの高齢者が遭難しても(例えば、徘徊して行方不明になっても)、コミュニティーがリスク管理機能を果たし、救い出すことができました。しかし私がいる埼玉県南部では、人口の流入とともに、地域のコミュニティーが希薄化し、高齢者が孤立化するケースが多くなってきています。このような状況下、国は「地域包括ケアシステム」を掲げ、地域におけるコミュニティーの復活を目指しています。

 

私は、コミュニティー復活のためには、「挨拶」が出発点になる、と思っています。家族と、お客様と、働く仲間と、近所・地域の人と・・・きちんとした挨拶をすること。ただし、私が言う挨拶とは、言葉だけの表面的な挨拶でも、「丁寧な挨拶」というような情緒的な挨拶でもありません。

 

そもそも「挨拶」とは、禅宗の言葉「一挨一拶」(いちあいいつさつ)からきています。ひとつ押しひとつ迫る、心を開いて接するというような意味合いで、問答を交わして相手の仏法修行の悟りの深さをはかる、という本質的な意味合いがあります。山の挨拶も「一挨一拶」に通じるものがあります。見知らぬ人に対しても関心を持ち、相手をはかり(観察して)、結果記憶にとどめる・・・。今地域などで求められているのは、このような挨拶ではないでしょうか。

 

次に山に登る時は、すれ違う相手がどうであれ、やはり自分から「こんにちは」と挨拶しよう。今年もまた、夏山登山の季節がやってきます。

平尾 雅司